ひっそりと群生

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【隠さなきゃ】感想

【女性主人公15禁】



2020年08月31日配信
染居 衣奈』様 ※リンク先公式HP
隠さなきゃ】(PC&ブラウザ) ※リンク先ノベルゲームコレクション
以下感想です。








これは、彼女の36年間の隠した歴史。



『はじめは、学校のテストだった――。
 「……隠さなきゃ」

 選択肢を選ぶだけのシンプルなゲーム。
 あの手この手で【隠して】ください。』
(公式より引用)


プレイ時間は約1時間15分くらい。
分岐有り。


「怒られたくないからテストを隠す」。
誰もが一度は経験すると思われる幼さ故の行動。
この物語は主人公の鈴元理恵が8歳の頃、テストを隠そうとする所から始まります。
理恵の行動は一見すると可愛らしい子供の行動ですが、彼女が隠そうとしている理由を知っていくとどんどん彼女の歪な境遇が見えて来ます。
隠す事への不安、そして隠し通せた事での安心と同時に上手くなっていく隠し方。
8歳、14歳、20歳、26歳、彼女は8歳の時のテストを起点にして様々な物を隠して行きます。
彼女が隠し通した先に待つもの。
彼女が辿り着く人生は…
「隠す」、その行為に彼女の人生の全てが詰まっていたお話でした。



『システム、演出』
ティラノ製。
基本機能有り。
ED分岐が多いのですが、ED後に選択肢からスタート出来たのと、章が変わると章毎にスタート可能+選択肢からスタート可能だった為、スキップがほぼ必要無く快適にプレイ出来ました。
最初は4からスタートで?となりましたが、最後まで行くと納得しました。


『音楽』
賛美歌「いつくしみ深き」が常に流れている所が温かみがある狂気というか。
幼少期から変わらず続く「隠す」という呪縛が続いているのを引き立たてていました。


『絵』
背景のみ、立ち絵などは無し。
ですが、無い事で鈴元理恵という主人公の姿を引き立てていたと思います。
一切視覚での姿は登場しない主人公や登場人物ですが、彼女の人生を追い、彼女の取り巻く境遇を見ていくと理恵という人物がどんな姿をしているかが想像出来て。
歳を重ねる毎に「隠し」、姿が想像出来ても本質が見えなくなっていく理恵が印象深かったです。


『物語』
理恵の過去から積み重ねて来たもの。
彼女の人生の基準になっていたもの。
数々の選択肢からその一端が見えて、最後にはトゥルーEDに収束していく構成に圧倒されました。
「隠し通す事」が物語が進む選択肢ですが、「隠せなかった事」で明らかになる別の側面も理恵を知る上で重要で。
選択肢、ED、どれも納得する流れでした。


『好みのポイント』
物語の作りもとても凄いのですが一番好きなのは公式にある作者様のコメントだったりします。
「18のうち1つが最終章まで辿りつくトゥルーエンド、他はサブエンドとなります。
 2つだけ死亡エンドがありますので苦手な方は注意してください。
 それ以外の15のサブエンドは全てハッピーエンドまたはグッドエンドですのでハピエン率8割超えのハピエンゲーです。」
嘘つけぇー!!という気持ちに。
いや、嘘じゃない、間違いなくハッピーEDの方が多い。
でも、違う、そうじゃない。
クリア後に公式のこの文を改めて見て、二度見する気持ちになりました。





以下ネタバレ含めての感想です





始まりは8歳の時のテストの点数。
96点というクラス1の高得点を取りながらも理恵が心配したのは「お母さんに怒られる」という事。
この時点でプレイヤーは察します、「かなりご家庭がヤバいのではないか?」と。
隠そうとする様々な選択肢を選ぶ事で、問題児の兄が居る事で母に期待を背負わされている少女だという事をプレイヤーは知って行きます。
最初の方で選べる選択肢ではテストの隠蔽に尽く失敗し、最後に「更生」という文字が出たので、どういう意味か序盤は分かりませんでした。
選択肢を選んで行き、オレンジの言葉が出る事でフラグを回収し、テストを隠蔽出来る選択肢が登場後、理恵は無事にテストの隠蔽に成功します。
「隠す」事に成功すると今度は14歳に。
なるほど、本作は「隠す」事で理恵の時代を追っていける作りになっているとここで気付きました。
8歳ではテスト、14歳では友達と遊ばない事、それぞれを隠し、無事(?)に理恵が陰キャの道を突き進んでいる事を知ります。
そして20歳、彼女は男性に襲われてしまう。
ここでまさかの「隠す」という選択肢が出た時に、今まで感じていた彼女の歪な価値観と危うさが浮き彫りになりました。
「隠さなきゃ、お母さんに怒られる」。
彼女はずっと「母から怒られたくない」という一心で様々な事を隠し通して来ました。
その果てに、自分が被害者で訴えるべき事まで隠してしまう。
襲われた事というのは「母から怒られる、怒られない」の領域では無いのに、理恵の中にはもう「怒られる」か「怒られない」かの二択しか無い。
ここでハッキリとEDで表示される「更生」の意味が分かりました。
理恵は8歳のテストの時から、価値観が止まってしまっており、ハッピーEDとはその価値観を正していたEDなのだと。
20歳、被害者であったことも「隠して」しまった理恵。
「更生」出来ない理恵の「隠す」人生は続きます。
26歳、祖母の死。
彼女の人生は常に母親の教育が中心にありました。
彼女が母親に反感を持つ方の人格だったならまだこんな事にはならなかったかもしれません。
けれど、彼女は母親に服従する方の人格でした。
そしてその人格は母親への異常な執着に変わってしまっていました。
理恵は施設に居て母に迷惑をかけていると思っている祖母に毎日のように暴言を吐きます。
「お婆ちゃんが居るからお母さんが迷惑してる、早く死んでよ」と。
その結果か、それとも老衰か、祖母は亡くなってしまう。
理恵が来た後に気分を沈めていた祖母を見ていた祖母のヘルパーは理恵を問い詰め、その結果、不慮の事故で理恵はヘルパーを殺してしまう。
彼女に下される最後の決断はもう「隠す」しか残されていませんでした。
初回EDではその後、事故により死亡する理恵のEDへ。
そして、選択肢の中で「生きる」という言葉を回収していると2周目にもう一つのEDへ行きます。
「じゃあ、私が死んだ後、誰が私を隠すのか?」。
ヘルパー殺しの事件は18年後に理恵が「隠さなくなった」事で終わりを迎えます。
18年後、理恵は自供し、そして物語は幕を閉じる。


この際、葬式の背景のみで文章では全く誰が亡くなったかは語られないのですが、「隠さなくて良くなった」の一言で誰の葬式だったのかが直ぐに分かる作りに鳥肌が立ちました。
彼女の人生には常に母親が付き纏っていた。
彼女の「隠す」という行為は「母親から隠す」という事だった。
母親の死、ここで初めて理恵は「隠す」事をやめる事が出来たのだと。


表向きには普通の家庭に見えて、負担を強いられている子供。
その負担が子供の価値観を狂わせ、最後には人生を狂わせて行く。
最初から最後まで表向きにはおかしくないのに、人生を追って行くと歪んでしまった人間がとことん描かれていて小さく狂っていく描写がひたすらに上手かったです。
母親への恐怖、母親からの束縛が後に母親への執着になっている所はゾクゾクしました。


理恵はきっと見た目も普通でどちらかと言えば性格は暗めの女性なのが伝わりますが、「隠す」事が成功すればするほど恐ろしく見えて行った所があり。
隠せば隠すほどに理恵が人間味を失っていく姿が顕著で。
20歳、26歳、そして最後は18年後、おそらく44歳。
この辺りの理恵はどこか儚いというか、薄いというか、一歩踏み間違えれば死ぬのでは?という空気が纏わり付いていて、言動の端々から人間味の無い怖さが漂っていました。
最後に警察が「男性恐怖症」と言いますが、理恵の人生を見ていると襲われた事や母親への執着で「そりゃそうだろうな」としか思えない所もまた辛い。


始めは怒られたくない、良い子で居なければという思いから始まった「隠す」という行為が、最後は犯罪に向かうのが狂ってしまった人生の縮図で胃が重たくなりました。
理恵の母親は確かに親としては良い親では無かったとは思いますが、他の選択肢だと理恵が隠していた事を察していたりするので、鈍感な人では無く。
おそらくヘルパー殺しの件も察してはいたのだろうなと思います。
良い子に育てようとして自分の教育のせいで自分に執着して行き、最後には犯罪を犯した娘。
彼女は理恵には何も言わなかったけれど、それを悔いたまま亡くなったような気がします。


途中で刺されて殺されるEDや、最後に車で自害するED、そして母の死で「隠す」事をやめ自首をするEDの負荷が重た過ぎて他のハッピーEDが霞むというか。
上記でも書きましたが、「それ以外の15のサブエンドは全てハッピーエンドまたはグッドエンドですのでハピエン率8割超えのハピエンゲーです。」という作者様のコメントに悪意すら覚えます。
いや、というか、絶対にわざとでしょう。
嘘では無いですが、バッドやトゥルーのインパクトが強すぎて「更生」するハッピーEDの印象が大分薄いです。


自分も良い点数では無かった上でですがテストを隠した記憶があり。
隠し通しバレなかったのですが、隠す時の不安や隠し通せたからこそ知ってしまう「一つ自分が卑怯になった感覚」、「「隠す事が出来る」という自分も知らなかった自分の側面」、「良い自分が一人死んでいくような感覚」そういう負の側面での苦い感情を真っ向から突き付けてくる一作でした。
一度でも何かを誰かから隠した事がある人には大きく響くような、そんなお話でした。