ひっそりと群生

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【日陰の日葵 - sun in the shade】感想

【男性主人公全年齢】



2021年12月18日配信
斜塔ソンブレロ』様 ※リンク先公式HP
日陰の日葵 - sun in the shade】(PC) ※リンク先BOOTH
以下感想です。








そして君は大人になる。



ピアノ調律師を父親に持つ高校生「那須川ヒロユキ」は、立派な大人になりたいと思いながらも、将来への不安から素行の悪い学校生活を送っていた。そして、ついにはテストでカンニング行為にまで及んでしまう。
 当然のようにバレてしまい、課された罰は意外にも「学校のピアノを修理してほしい」というものだった。』
(公式より引用)



プレイ時間は約50分くらい。
分岐無し。


大人になりたいと思いながらも大人になる事に怯える少年がピアノの調律によって幼馴染、教師、クラスメイトの心に触れ自分の夢と向き合う成長物語。
合唱コンクールのピアノ奏者選びから知る事になるクラスメイトの二人の少女の確執と担任教師の想い。
カンニングの罰によって任命されたピアノの調律から自分の絶対に揺るがない好きな物を再確認していく主人公。
幼馴染の少女の明るさと沢山の助言。
そして辿り着く一つの結末と決意。
話の構成、キャラクター、絵の視覚効果、色彩、空気感全てが美しく纏まり、向日葵が静かに咲き誇る夏の夕刻の空気が色濃く描写されどこか物悲しくも、人情に包まれた温かい作品でした。



『システム、演出』
ティラノ製。
基本性能有り。
とにかく一枚絵の使い方が上手く、窓だけが描写されるシーンで作中の空気をプレイヤーも感じ取れたり、背景だけで夏の夕刻の涼しさを感じ取れたり。
人物描写が無い背景シーンだからこその魅力を余す所なく詰め込んだ雰囲気が素晴らしかったです。


『音楽』
ピアノの調律と合唱コンクールでのピアノ奏者と、ピアノが絡む物語らしくピアノ曲が中心でした。
曲はフリーらしいですが、どの曲も作中の空気を更に盛り上げる良曲ばかり。
SEも調律のシーンで一つの音がポーンと鳴る時に主人公からのピアノ愛を感じたり隙が無かったです。
素材曲ですが、あまりにも作中に合っていたのでクリア後に音楽鑑賞モードも欲しかったです。


『絵』
ほぼ一枚絵のみでの進行、背景もオリジナルという恐ろしさ。
開始の教室で沢山のクラスメイトが椅子に座っているシーンで既に自作力を感じ驚きました。
その後もどのシーンも一枚絵で進みますし、背景のみのシーンでもキャラクターが話す時にはウィンドウメッセージにキャラクターの顔グラが表示され、誰が話してるか分からないと困惑するシーンは全く無かったです。
キャラクターが描写されているシーン、背景のみのシーン、背景の切り替わりなどテキストとの同調率が100%の為、確実にライターの方と絵の方は同じだと思っていたらエンディングクレジットで同じ方で安心しました。
物語を書いた人間が描かないと描けない程、テキストと絵が完璧に同調しています。
どのシーンも淡い色彩で暖色系を基本に描かれたイラストは夏の夕方の空気が色濃く表現されていました。
ここぞ!というシーンではしっかりと場面を強調したイラストが挿入されるので絵自体の良さもですが絵を表示するセンスも凄かったです。
だからこそクリア後に音楽鑑賞同様イラスト鑑賞モードも欲しかったです。
一枚絵進行なので本作は鑑賞モードを作ったら全イラストを表示する事になるのは分かりますが、それでもどのイラストも本当に本当に良くて良くて…
クリア後もずっと絵を見たい程に浸れる雰囲気のイラストでした。


『物語』
物語も文章も読みやすく起承転結が綺麗で、辻褄が合っていました。
主人公の「感謝される大人になりたい」と思いながらも自分のクズな部分が強く見えてしまい。
そのクズさを自覚しながらカンニングを行い…でもその行為によって余計に自己嫌悪して行く人間らしいダメさを伴いながらも、「感謝されたい」という想いはあるからこそ他人を完全に無碍に出来ない優しさがどこか繊細で人間らしく、そして少年らしい子供さがあって。
そんな彼がカンニングの罰のピアノの調律を軸にピアノ奏者である担任やクラスメイト2人の女子、そして調律師の父の弟子である女性と少しだけ距離を縮め、幼馴染の少女の言葉によって子供の時を終える…成長物語としてシンプルだけれど奥深い話になっていました。
ピアノの調律シーンもとても細かくて、作者様が調律関係に携わっていたのでは?と思える程。
そういう細やかなシーンの描写がとても良く、全てにおいて妥協の無い作りになっており。
絵と物語の同調の凄さもですが、下地である物語そのものがしっかりと地に足がついた構成の上手い作りになっていた為、とても綺麗な形をした物語になっていました。


『好みのポイント』
短編作としてはそこそこに登場人物が多い作品なのですが、キャラクター全員にちゃんと背景や奥行きを感じ取れるのが凄かったです。
全員にしっかりと過去が有り、背景が有り、その背景があるからこそ今持っている感情や表に出している性格があって。
そういう「全部は見えないけれど作中で納得できる人格形成」の部分の描き方がお見事。
主人公にも、先生にも、2人のクラスメイトにも、父の弟子にも、幼馴染にも、それぞれの過去があって、それぞれの想いがあって。
だからこそ今回起こった出来事がまるで奇跡のようで。
皆、それぞれが納得のいく形で合唱コンクールに臨めた事と、その後が描かれたイラストが流れるエンディングには感極まるものがありました。





以下ネタバレ含めての感想です





夏のオレンジ色の夕方、主人公は幼馴染の彼女と永遠の少年時代に居る。
でも、少年時代と言うには現実の方が強く、そして真実は過酷で。
主人公は大人と子供の境目に居た。


正直、ヒマリの正体に関してはかなり序盤で察していた所はありました。
調律するピアノに触れている時、先生が教室に入って来てヒマリだけが隠れた辺り。
そして橋のシーンと父の弟子の早乙女さんがイマジナリーフレンドの話をした辺りで「あぁ…」となった所があり。
それでも真相が分かっても本作が楽しかった所はそういうイマジナリーフレンドを持っている主人公が「子供」であり、その「子供」の時代と決別する物語だったからかなと。
イマジナリーフレンドの真相だけでどんでん返しをするタイプだったらそんなに楽しめなかったと思うのですが、そういう「子供時代との決別」という成長物語の面が一番強い主題で、そして真実は確かに辛い中ででも現実で青海先生や二見さん、白井さんという新しい人間関係を築き、「現実に向き合う」部分が強く強調されて居たので、ヒマリの件は切なくて悲しくなりつつも、「真相が分かってても尚楽しめる作品」になっていたと思います。


とにかく各人物の描き方が良くて。
白井さんのお母さんがやっていたピアノ教室とそこの生徒だった二見さんと白井さん。
そして白井さんのお母さんの友人だった青海先生。
病気で弱っていた白井さんのお母さんが白井さんが参加するピアノのコンクールに来た事で容態が悪化し帰らぬ人になった事でピアノを弾くのを辞めた白井さんと、白井さんの才能を知っているからこそピアノを辞めた事が許せない二見さん。
その確執により冒頭の険悪な関係に納得出来、そして、主人公が調律するピアノは実は白井さんのお母さんが青海先生に託し寄贈した形見のような物で。
その事実に気付いた事で白井さんは合唱コンクールでのピアノを引き受ける。
ピアノは母から子へと託された…という中心になる「ピアノ」の使い方も上手く、最初は拒絶していた白井さんがピアノ奏者を受け入れるという話の流れの自然さが巧みで。
そういう人の心理の動き方が見ていて心地良く、主人公もまた最初に進路希望調査に「調律師」と書いた物を消して空白で提出はしたけれど、おそらく青海先生はそれに気付きながら主人公にカンニングの罰として友人の形見のピアノの調律を任せていて、主人公が今回のピアノの調律から自分の夢にしっかりと向き合う事を何となく分かっていたような所がこう…「大人のある意味でのズルさ、そして実は全部気付いていたという大人らしさ」が描かれていて非常に良かったです。
「主人公が子供である限り、大人である先生にはあと一歩勝てない」みたいな部分も主人公の「子供」の部分が強調されていたように感じ、成長物として主人公と青海先生の「大人と子供」の関係はとても良いバランスになっていたと思います。
主人公の父親自身は登場しなくても弟子の早乙女さんから「主人公は調律師の見込みがあると言っていた」と本人には言わないながらも主人公の才能に気付き主人公を思っている事が人づてで分かる所など、直接的に描かないからこそ納得出来るような「大人は見ている」の描き方が好ましかったです。


主人公の調律に対して先生も2人の少女も皆が「ありがとう」と言われ嬉しい気持ちもある反面、「自分はカンニングの罰でやっていた事で善意でやった事では無い」という事に悶々として白井さんにそれを伝えるも「でも、ピアノを治してくれた事は事実だから」と言ってくれた流れは個人的にとても好きでした。
「心持ちがどうあれ、結果的に誰かを救っていればそれは救いである」というのが自分もある意味での真理だと思っているので、白井さんの言葉はとても納得しましたし、主人公の「カンニングの罰でやっている」という申し訳無い気持ちそのものが「カンニングの罰になっている」という部分、そして「大人の世界ではわりと"結果良ければ全て良し"がまかり通るけれど子供である主人公は前提の"心意気"の部分で申し訳無さを感じている」とい部分もまた主人公の「子供」を強調しており、そこもまた描き方が上手く。
主人公が白井さんにヒマリの過去を語った時に「好きな人が亡くなるのは辛い」という言葉を母を失った白井さんが語る事で主人公への強い共感になっていたり。
全ての構図が最高で、「別々に向いていた想いが自然と一つの事柄に集約していく」という作りが好きな自分にはたまらない作りになっていました。


ヒマリとの別離シーンも、分かっていた事ではありますが、「主人公が大人になる瞬間」「子供と決別する時」としての一つのライン、節目として描き方が綺麗で。
ヒマリと会話した「向日葵が太陽を追いかけて動くのは花が咲く前の成長期だけ」という言葉通り、最後に太陽に向かって主人公が進む姿は「主人公の成長」を示し、前にあったほんの少しの会話も無駄にしない構成に拍手。
ヒマリとの別離で本作は幕を閉じますが、エンディングのイラストにより合唱コンクールが皆の納得のいく形で終わった事、主人公が補修を受け夢に向き合おうとしている所など、その後の余韻を感じ取れる所にどこかしんみりしました。


短編作の中ででも全員から奥行きを感じ取れるキャラクター像とキャラクター心理に惚れ惚れ。
ひと夏の成長物語として、物語、キャラクター、絵、音楽、演出、全てが絡まり綺麗に完成された一作でした。