ひっそりと群生

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【音無き世界その代わり】感想

【三人称全年齢】



2016年08月16日発売
羊おじさん倶楽部』様 ※リンク先公式HP(18禁)
音無き世界その代わり】(PC) ※リンク先DLsite.com
以下感想です。








言葉と魔法とミステリー。



『少女に言葉を与えて欲しい

 聴覚障害を持つ妹は一家心中をただ一人生き残りました。姉を下敷きにして
 生まれた時から監禁され続けていた彼女は言葉を知りません。罪も知りません
 真実に固執する死神は聾唖の少女を旧知の道化に託しました。その場所は養護施設です
 道化は少女に言いました。さて、君に『言葉』という『魔法』を教えてやろう。

 私たちの魔法です。下の呪文を何度でも唱えてください

 世界からすべての悲しみが消えますように』
(公式より引用)



選択肢無し。
プレイ時間は約5時間30分くらい。


羊おじさん倶楽部様の作品は6作目。
内容は、言葉と世間とサナトリウムとミステリーとほんの少しの人知を超えた魔法…という感じでしょうか。
母親が自殺し、閉じ込められていた二人の姉妹は部屋から脱出する為マンションから飛び降りる。
姉を下敷きに生き残った聴覚障害を持つ妹は父親が関連する宗教団体が管理するサナトリウムに引き取られ…
という所から物語が始まります。


生き残った少女から真実を引き出そうとする検事や障害者である事から世間の目に晒そうとする記者、少女の父親の事もあり仕方なく少女を預かっているサナトリウムの管理者など、様々な大人の思惑に翻弄されながらも、少女は無実であるという証言をさせる為に主人公の小澄は言葉を持たない少女に言葉を与えて行きます。
言葉を与える中で教育を共にする看護師の福井と少女と同室になったカナエ。
彼女達との交流の中で生まれていく感情。
そして、言葉をとは何なのか、音とは何なのか…そんな複雑な主題が聴覚障害を持つ少女を中心に論理的に語られて行きます。


少女は言葉を得る事が出来るのか、そして事件の日にあった事とは…
言葉と音の世界を彩るのはほんの少しの魔法とミステリー。
梅雨の時期、雨の音が響き渡るサナトリウムで4人の共同生活に穏やかさを感じながらも、迫り来る現実と真実と喪失に静かに心が揺さぶられる作品でした。



『システム、演出』
吉里吉里製。
欲しいシステムはほぼ完備。
今回は大きな動きは少ないですが、車椅子を引いた時に少しだけ動く…みたいな時にも動きがあり、細やかな動きが多かった印象です。


『音楽』
ひ、羊おじさん倶楽部様にジムノペディが無い…だと………!!?
初めてだったので驚いてしまいました…
今作は梅雨の話というのもあり、静かで、けれど心に染み渡る曲が多かった気がします。
雨のSEと重なる事でBGMの良さが更に増幅され、梅雨の時期のBGMとしてとても合っていました。


『絵』
フリゲや同人の範囲内。
味があると思います。
ポーズは一つですが、表情がコロコロと変わり、見ていて飽きませんでした。
福井さんのギャグ顔と、カナエが顔を手で押えている所と、鈴音のあくび顔が好きです。


『物語』
かなり難しい題材ですが、独特の世界観と空気感で物語として形成されていました。
地の文が独特で、三人称視点なのですが、ですます調で進んで行くのが面白かったです。
取り巻く境遇はかなりシビアですが、主人公や鈴音、福井さんとカナエの交流のあまりの朗らかさに「羊おじさん倶楽部さん…?」となりましたが…最後は羊おじさん倶楽部様らしくて少し安心しました。
辛さと暗さと…けれどもしかしたら…という少しの希望が垣間見えるラストで…ダークなだけで終わらず良かったです。


『好みのポイント』
福井さん…良い女だなぁとずっと思っていました。
始まりは陽系でテンション高めで空気が読めない系か?と思っていましたが、そんな事は無く。
踏み込むべき所と踏み込まざるべき所をしっかりと把握した上で適度な距離を保って接してくれる所や、日常の謎として何でも謎解きに繋げ場を盛り上げたり、暗くなりがちな話を持ち前の明るさで持ち上げてくれる所がとても良くて。
主人公は小澄ですが、物語としての主人公の陽の気質があるのは彼女だったと思います。
自分の周りにも人が居るから最後完全に救いの手を差し伸べられなかった所も人間的で…
そしてそれを悔いて最後には前に進み自ら苦難の道を選び今度こそ救う側に立つ…という、完全に裏主人公だったと思います。
福井さんの距離感とか前に進む姿がとても好きでした。





以下ネタバレ含めての感想です





手話の歴史や系統、言葉とは何か、音とは何か、という所は学問として身に付いたかは別として大変面白い話でした。
面白さを上手く語りたいのですが…上手に言語化出来ないと言うか…
この面白さを端的に短く語る事がナンセンスな気がします…
この作品の会話劇の中で語られるからこそ意味がある、「言葉を文章で語るから意味がある」そんな面白さで、小澄の薀蓄も、福井の日常の謎解きも、是非触れる事で面白さを感じ取って欲しいです。
ただ、その面白さの中でも、音を言葉として聞き取る…という部分は凄く唸りました。
健常者は普通にしている事ですが、これは音を失った世界では出来ない事なのだなぁと…
当たり前にしてしまっているから、「認識出来ない」という部分にまず繋げないといけないという所が凄く面白かったです。
色々と小ネタというか細かい知識や、日常会話でも福井さんの「日常の謎シリーズ」が毎回楽しく。
そして小澄と鈴音と福井とカナエの4人の関係が細かく変わっていき、大切な仲に…まるで疑似家族のような関係になっていく姿は見ていてとても穏やかな気持になりました、疑似家族大好き!


「魔法」についても、自分は本来ミステリーに神とか人知を超えた存在とかが介入するのがあまり得意ではないのですが、「魔法」自体が真相に深く関わる訳ではなかったのと、宗教団体という要素が絡まり、謎の力があるミステリー苦手派な自分でもかなり違和感なく楽しむ事が出来ました。
(ただ、「魔法」の要素は結構唐突に入って来るので本当に苦手な人にはアウトかもなーとも思いました。)
梅雨のずっと雨が降り続く季節、サロンのある白い雰囲気のあるサナトリウム…そういう空気感がとても良く、雨の空気が好きな人には好みに合致する作風だと思います。


「ちょっとしたミステリー」とあるように、ミステリー部分が主題では無いのですが、最後の真相は…
途中である程度予想は出来ましたが…やっぱり辛い物がありました。
4人の関係が好きだったからこそ、あの真相がある事で一気に崩壊するのがまた…
でも、だからと言って、鈴音が…世界が幸せになってはならないという事は絶対に無くて。
彼女の罪ではあるけれど彼女のせいでは無くて…悪いのはどう考えても親で………
消える事が贖罪だったのだとしても、世間というのは身勝手だな…とつくづく思いました。


ラスト、「消えた」事も「魔法」の一部なのだとは思いますが、ちょっとそこも全面で納得出来かねる部分で。
「魔法」ではなく「現実」を生きて欲しかったと…どうしても思ってしまいます…
(というか「魔法」についての説明があまり無い中で進むので「魔法」ってなんや?となる部分がかなりあったり。)
ただ、「逃げる」という選択は嫌いじゃないです。
どうしても受け入れがたい事もあるので、二人で逃げるという選択は有りかなと…でも、やっぱり現実の世界を逃亡して欲しかった所があります。


「音を無くした世界」しかし「その代わりに得ていた物」。
「音を得た世界」しかし「その代わりに失った物」。
何かを得るという事は、何かを失うという事なのか…音の代償は鈴音という少女の世界にとってはとても大きく。
鈴音を一度受け入れた小澄も、もう見過ごせないものになって居たのだなと…
途中まで「羊おじさん倶楽部さんにしては…穏やか過ぎる!!」と思っていたのですが、最後の最後で羊おじさん倶楽部様節が炸裂し、「こういうEDで来たか~…」と唸りました。
けれど、最後、カナエが音楽によって二人を取り戻そうとしたり、福井が「魔法」を求めたり。
「小澄と鈴音(世界)を消したまま、堕としたままじゃ終わらない!!」という残された二人の陽の意気込みがただのBAD ENDにせずに希望を持たせるEDでとても良かったです。
羊おじさん倶楽部様の作品の中ではかなりポジティブな方の終わり方な気はします。
…小澄は化け物になる覚悟を背負って、小澄も代償が大きそうではありますが…それでも、彼女の陽の気質を信じて、4人が再び相見える事を願います。
(しかし…歳を取らない施設長や「魔女」など、掘り下げればまだまだ掘り下げられる方々が沢山いらっしゃるので、彼や彼女の過去も気になります…凄く見てみたいとも思いました。)