ひっそりと群生

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【空想彼岸】感想

【男性主人公全年齢】



2009年08月15日発売
』様 ※リンク先公式HP
【空想彼岸】(PC)
以下感想です。








現実と空想、そして彼岸の世界で許しを求める物語。



『ぼくが辿り着いた一つの世界。

 そこは美しく、楽しげで、幸せな、

 そして何よりも虚ろな空想だった。』
(公式より引用)



ルクルさん作品に触れるのは『Minstrel-壊レタ人ギョウ-』(※リンク先前回感想)と続き2作目。
『Minstrel』の時とは違い、和風異世界モノ。


人間の主人公、四季巧士(しきこうし)が突然、人が滅んでしまい、妖力で動物が人化している世界で目を覚ます。
何も記憶のない主人公の前に英里という狐の娘が表れ、彼女の棲む「狐ノ故郷(きつねのくに)」で暮らす事になる巧士。


平穏に見えた「狐ノ故郷(きつねのくに)」。
しかし、暮らしていくにつれ分かってきたのは、狐の一族は別の種族、「化狸」から忌み嫌われていた。
「狐ノ故郷」と「狸ノ故郷」は近い内にでも争いが始まりそうな程に緊迫した状態だという。


その原因は、種族の中でももっとも妖力の高い「妖狐」の持つ制御出来ないと言われている力、「狐の歌」という歌声が関係しているらしく…


おおまかなあらすじはこんな感じです。
種族同士の相容れない壁や、憎み恨み、大きな感情の流れが描かれていました。
種族のいざこざに巻き込まれていく人間の主人公。
どちらの意見も分かる、けれども自分は助けられた狐側に付きたい、英里の為に居たいという強い想いを何度も見せ付けられました。


異世界召喚(?)系は結構見かけますが、その中でもかなり種族の違いと分かり合えない深い想いが強く描かれ、異端性が出ていたと思います。
『Minstrel』の時もでしたが一度読み手を納得させる理論を構築した上で、後に実は隠れていた理論の穴を突き、納得させた事を反転させ、真実を見せつけプレイヤーをどん底の気持ちに突き落とすのが本当にお上手でお上手で…
まさに「ルクルさん節」と言えるほどの手法で、何度も気持ちを反転させられ、その真実に頭を抱えました。


しかし、ラストにはしっかりと希望を残してくれるのもまた「ルクルさん節」。
クルクルと何度も反転させられる感情に、振り回され酔いそうな気持ちを感じつつも、振り回され揺れ動く感情を沢山得る事が楽しかったです。





『システム、演出』
吉里吉里製。
コンフィグはデフォルト。
今回は吹き出しシステムは無く、普通に全画面文章表示系です。
たまに、次のページにまで文章が続くのが見辛かったのですが、それ以外は普通でした。


『音楽』
やっぱり、BGMの使い方がお上手です。
宴さんはBGMをスッと切るのが本当にお上手です。


『絵』
CGは全4枚。
かなり少ないのが少し悲しいです。
イラストも『Minstrel』の時と同じイラストレーターさんで、好みのイラストでした。
ただ、同じく立ち絵で若干表情が少なく、動きなどの差分が無いのが残念。
とても良いイラストなので、もっと動きや一枚絵が欲しかったです。


『物語』
こちらも一日一話ずつくらいに進み、区切りが良く読みやすいです。
少し現実パートが弱く感じますが…それでも、文章の勢いは本当に素晴らしい!
とにかくグイグイと読ませてくる文章力は健在で、宴作品最初の方の作品ですが、最初の方でこのクオリティは凄いなと思いました。


『好みのポイント』
「狐の歌」の事が…なるほどでした。
確かにそこがそうじゃないと、解決しようがない物語だったので、上手いなぁと思っていました。





以下ネタバレ含めての感想です





世の中には犯罪でも何でもあって、不可抗力で許されない罪を背負ってしまう人間も確かに居ます。
そんな罪を許せる存在が居るとしたら、それは全く関係ない所から表れた存在で…だからこそ、裁判官とかも他人なのかもしれません。
(勿論、クソみたいな判決も世の中にはありますが…)


「狐の歌」のように、制御出来ないと言われているほどの巨大な力を使わないけど所持している国がもしもあったとしたら、私達はどうするのだろう。
持ってるから滅ぼしてしまうのか、持ってるだけで害はないのなら友好関係を築くのか、まるで核のようだなと。
核は作ったから有るけれども、その核レベルの物…「巨大な力」を最初から持って生まれた物で、切り離せない物だったら…確かに他の国に生まれたら「怖い」と素直に思うかもしれません。
でも、その「巨大な力」の知識も無く、外の世界からその「巨大な力」を持つ国に入って、その力の影響を全く受けず、その国の人達に善くして貰えたら…そりゃ味方したくもなるという話です。
外の世界から来た巧士君だから、関係ない巧士君だからこそ、狐に許しを与えられたんじゃないかなと思います。
(最終的に「狐の歌」に力は無く、完全に免罪だった辺りも、「誰かを憎む」、「誰かの罪を信じる」というのは自分は見てない以上、人伝で簡単にするものではないなと思ったり。)


そもそも、人間だって、「巨大な力」を持ってなくても、素手でも刃物でも簡単に殺そうと思えば人を殺せてしまうのだから…その「巨大な力」は…物は使う側の問題だよねというお話。


作中で巧士君は沢山、自分は偽善者だと言っていたけれど、偽善で何が悪いのだろう。
「狐の歌」を恐れて狐を疑った巧士君も、偽善と理解しながらも狐たちに善くした巧士君も。
「石木怜」の罪を嫌悪した巧士君も、それでも少女の友人になり善くしようとした巧士君も。
多分、おそらくどの巧士君も巧士君であったはずだと思います。
人間、一面に見せてる面だけが全てでは無いように、偽善と自己嫌悪していた巧士君の中にも間違いなく善くしたいと思う気持ちはあったはず。
そこはきっと嘘ではないから。


みんなそうやって他人を疑って、自分を疑って、自己嫌悪しながらも善く有りたいと思って生きているんだろうなぁと感じるお話でした。


物語の作りとしては、『Minstrel』→『空想彼岸』とやってきましたが、ルクルさんはこう…持ち上げて↑落とし↓でも持ち上げる↑↑のが上手い方だなぁと。
一度、プレイヤーにしっかりと理論を組み立てて納得させて「良い話」とした上で、その理論を壊す事、破綻する事無く、しかし見えていたけれどもプレイヤーに気付かせなかった理論の穴を突き反転させ落とし、でも、それでも、その理論を…結果的には「良い話」で何が悪いのか!!とプラスの感情で持ち上げて行くのが上手。
とにかく、グイグイ持っていってしまう。
だからこそ、最初は「オタクが居る前提の世界じゃないのにオタク思考の主人公辛いわ~、オタクの言動が受け入れられるオタクじゃない世界辛いわ~」という気持ちになっていましたが、後半ではそのオタク思考、「義妹萌」こそが熱さの原動力になっていて、グイグイと主人公としての力強さを見せ付けてくれました。
今でも、これは根本的な苦手意識の問題なので、「オタクが沢山居る前提の世界じゃないのに主人公のオタクな言動が周りの非オタに簡単に受け入れられる世界辛い」という物への苦手意識は変わりませんが、そんな「苦手」をあっさりと覆し、格好良い物に変えてしまう文章力(文字通り文章の力、パワー)がありました。
誰かの苦手な物、苦手な部分を、「好き」や「格好良い」に変えられるパワーって凄いですよ、だから、素直にルクルさんの文章パワーは凄いと思います。


ただ、思ったのは、巧士君、最初はテンションマックス↑↑なので取っ掛かりは苦手な人は苦手だろうなと思う所と、現実世界の描写が少ないので、最後の選択肢はどうしても真ん中が強くなりがちですね…。
石木さん可愛いけど。石木さん可愛いけど(あえて二回言いました)。


でも、追加選択肢で1番の選択肢も2番の選択肢も消えてしまう遊里と共に歩めたのは良かったです。
今まで最強のように君臨していたけれども、だからこそ一番孤独だった遊里…
現実も、空想も、どちらにも行けなかったけれど、どこまでも孤独だった遊里のその孤独に、最後の最後で触れる事が出来て、共に居られる世界もまた良いのではないかな…
タイトル回収したのはこのEDなのも含めて、私はこのビターなエンディング、好きです。
現実を生きるも良し、空想を生きるもの良し。
そして、善も悪も無いまま、遊里と、この『空想彼岸』で生き続けるのもまた、良し。



宴さんの、ルクルさんの初期作で、凄くパワーを感じた一作でした。
上記で書きましたが文章パワー強いです。


次回は『クリアレイン』を楽しもうと思います!!楽しみ!!!