ひっそりと群生

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【つくも3回サンク】感想

【男性主人公全年齢】



2021年09月21日発売
『シンセティックガール』様
つくも3回サンク】(PC) ※リンク先BOOTH
以下感想です。








形有るものはいつかは壊れる、いつかは無くなる。
じゃあ、形無いものは?



『短編ビジュアルノベル
 きゅうすの妖怪に願いを叶えてもらったり、女の子とラーメン食べたり、妹のお見舞いにいったりする話です。』
(公式より引用)



プレイ時間は約50分くらい。
分岐無し。


母親の大事な形見の急須を落として割ってしまった主人公。
しかし、割ってしまった事がキッカケで付喪神のつくもが現れ、善の願いなら3回叶えますと言われる。
大学4年目、今まで人間関係を築いて来なかった主人公に何故か声をかけてきた少女。
持病を患い体が弱く長くはない妹。
3人の少女達に出会った時、主人公の冷えていた世界は優しさに包まれて行く。



『システム、演出』
ティラノ製。
メッセージスピード変更不可。
プレイ時間的にメッセージスピードが気になる事は無かったです。


『音楽』
全曲オリジナル。
作曲者様の『SoundCloud』で全曲聴けます。
「ひざし」が流れる事が多いので印象に残っているのと、「ガラス」の幻想的な雰囲気が好きでした。
どの曲も電子音が心地良く、優しさと現実が入り混じる世界観に合っていました。


『絵』
とにかく可愛い。
画力的に「上手い」と感じ過ぎて遠い存在のような絵と言うよりも身近で愛嬌があり目を引く絵柄で、例えるなら日曜の朝アニメ系の可愛い絵柄。
その可愛らしいキャラクター達がコミカルに表情を変えるので、優しい世界観をよりいっそ優しく暖かくしていました。
特につくもの髪型が髪だけれどしっかりと急須をモチーフにしているデザインでセンスがあって素敵な所と、三和の泣き顔が好きです。
三和は本当に優しい子で、彼女が泣くシーンで彼女の根本からの善性を感じて「良い子だなぁ」と素直に感じました。
三和の「愛しか勝たんよT」欲しいです、是非売って下さい!


『物語』
優しく、暖かく、でも現実はしっかりと土台にある。
そんな不思議な雰囲気を持つ作風でした。
キャラ、心情、状況、過去、どの部分が崩れてもバランスが崩れてしまいそうな繊細さを持ち、けれど全体が大きな「善性」で包まれているような。
絵と音楽でそのほんわかした部分が補強されつつ、ふとした時の当たり前の状況描写に惹き付けられたのでとても文章が上手いと感じました。
とても読ませる文章で、起承転結綺麗に描かれ非常に整った物語でした。


『好みのポイント』
主人公の過去、主人公の思想、妹への想い、妹の想い、三和の想い、つくもの願い。
それら全てがバラバラに見えて、実は一つに繋がっている。
別方向を向いている感情が一つに繋がる、そんな描写に弱いので4人の心情が繋がっていく流れはお見事でした。
現実は確かに厳しい、でも優しさもある、そんな前向きになる光の暖かさがとても心地良かったです。





以下ネタバレ含めての感想です





「感謝」「thank」「ありがとう」、タイトル通りこれは、感謝の物語。
主人公は「ずっと一人で居た」と言いながらも妹の事を常に考えて居て、そして知人ですら無かった時の三和を助けて居て。
妹は兄に対して「何も出来ない」という引け目があり遠ざけ、でも、「何も出来ない」なんて事は無く、居るだけで主人公は救われて居て。
三和も主人公からの恩義を忘れず、「いつか声をかけたい」と思っていて。
そんな3人の想いを付喪神のつくもが繋げて行く。


病院の中だったり水槽の中だったり、確かに生き物には「自分が生きられる領分」があり、そこから出られないかもしれない。
けれど、そこに居る事で、居てくれるだけで「感謝」をしている他の存在も居る。
「領分」の中は狭く不自由で「生きているだけ」に感じるかもしれない、でも、「生きている事」に「感謝」をしている存在も居る。
そして、自分にとっては当たり前のような行動でも誰かの助けになっている可能性もあり、「感謝」を忘れず何かを返したがっている存在も居る。
妹と主人公の関係。
三和と主人公の関係。
その全てに「感謝」があって。
「感謝」だけではファンタジックになりがちな空気を、それぞれで現実的な側面があり、それぞれの「領分」を描く事でファンタジックな「感謝」や「優しさ」にリアリティを持たせていた所がとても上手い構図でした。
「願いを叶える」や「叶えられた願い」はファンタジーでもそれを起こす為にあったそれぞれの感情がとても現実的なんですよね…
ホワホワしつつも地に足が着いていた作風で非常に面白かったです。


そんな人間達の三者三様の感情の間に挟まる付喪神のつくも。
彼女(?)は付喪神という人外らしく作中から人間らしい感情を感じません。
「寂しい」や「悲しい」が分からないし、常にニコニコ振る舞っていて。
ただ、「主の願いを叶える」というシステマチックな行動を起こしているだけ。
けれど最後に人間達との交流でなんとなく「寂しい」を理解したり。
「願いを叶えたら消えてしまうけれど、主達の心の中に「寂しい」という気持ちがあれば十分」という「人外に心があるかは分からない、けれど、私達が感情を向ける事で一方通行でも感情があればそれは感情になる」、そんな「人の心は鏡」のような。
「人外の心は分からないまま」と「分からないものを分からないまま」にして「それでも人間が向ける心はある」という結論にした所に人外の「付喪神」を重視しながらちゃんと「心」、そしてそこから発生する「感謝」が描かれていて本当に上手かったです。
序盤の「形あるものはいつかは壊れる」→「形が出来たつくもは願いを叶えたら消える」という流れから「でも形の無い想いは残り続ける」→「つくもが消えてもつくもに向けた想い、「感謝」は残る」という物の動きと感情の向きの描き方の巧みさに惚れ惚れ。
ラスト、他の3人はつくもの事は忘れてしまうけれど、つくもが残した言葉や「感謝」の気持ち、そしてつくもが叶えた願いによって生まれた人間関係は残り続けた所にとても柔らかい気持ちになりました。


「生き物それぞれが動ける領分」という現実的な部分を描きながらも、「それでもその中で誰かの優しい気持ちはある」という明るさ、「人に渡した善意は必要な時に帰って来る」という前向きさを描き続け、人のことばかり一番に考えてしまう繊細で善意に溢れた人間も描き、付喪神に囲まれ穏やかに優しく優しく前に進む作品で。
「偽善かもしれない、でも、狙った善でも善人で居たいし人に優しく在りたい」そんな人間の善性を真正面から全肯定し、それを嫌味なく巧みな表現で描き、クリア後に「さて、ちょっとは優しくなってみようかな」とそんな風に思える程に良く、「感謝」「thank」「ありがとう」を作品にも伝えたくなる、そんな物語でした。