ひっそりと群生

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【鼓草】感想

【乙女全年齢】



2020年10月04日配信
日々雲隠れ』様 ※リンク先公式HP
鼓草】(PC) ※リンク先ふりーむ!
以下感想です。








時代に翻弄された一人の女性。
厳しい時代と困難な選択とその先。



『昭和十八年・夏。
 岡山の町に私は嫁いだ。
 祝言で初めて会ったその人は、優しくて、弟思いで、軍医を志願する人だった。

 赤紙、空襲、その先の日々。
 私と彼と、あの人の。
 選べなかった、物語。』
(公式より引用)



プレイ時間は約4時間30分くらい。
分岐有り、EDは3つ。


これは、乙女ゲー…なのでしょうか?
いえ、作者様がジャンルを乙女ゲーとされていらっしゃるなら乙女ゲーなんです、分かります、分かっています。
…が、しかし、あまりにも戦時中の情景描写が素晴らしすぎました。
おそらく沢山の歴史的資料を読み込まれた上で、しっかりと衣食住、そして当時の人々の思想が描かれていて。
戦時中の歴史物として非常にクオリティが高く。
恋愛の為に戦時中が使われているのではなく、戦時中があった上での厳しい現実の中での恋愛があって。
完全に主軸が「第二次世界大戦の国民の生き方」で。
そして絵や文からも現代のオタク的な空気や記号化されたキャラなどが全く無く。
本当に素朴にあの時代の現実を生きている人達がひたすらに描かれていて。
なので、乙女ゲーを楽しむ気持ちと同時に純文学を読む時のような気持ちで読んでいました。


出てくる人物は誰も悪い人は居なかった。
主人公、綿子の実家だけはちょっと庇護が難しいですが、物資が無い田舎と考えるとあの時代なら普通にあり得るような家庭で。
綿子が嫁入りした家も性格が腐ったような人は決しておらず、気は強かったり空気が読めない部分がありながらも義両親も友人も基本は善人な人々で。
ただ、戦争という余裕が無さ過ぎる時代と、「女は家を守り産むもの」という当時の思想、そして医者の家という裕福な方の家庭であるが故に貧困の方への理解が乏しい「持っている者の視界の狭さ」など、決して誰のせいでもないけれどひたすらに状況が悪い部分が主人公の首を真綿で絞めるかのようにジワジワと追い詰めていきます。


実家に帰ったら人間扱いはされない。
嫁入りした家から追い出されたら行く場所が無い。
この時代、女一人では決して生きてはいけない。
何もかも周りの言う通りにしないと居場所を失う。
だから、自分での選択は何もしてこなかった、出来なかった。
それなのに、彼女に突き付けられる究極の選択。
本当に、何の拷問かと頭を抱えました。
展開と選択肢でこんなにも胃が痛いと思ったのは久しぶりです。


男の三歩後ろを歩くのが当然とされた選挙権も無い、女性がひたすら産み家事をするだけの物のように扱われた時代。
やりたい事も好きな物も無かった、そんなもの今までの人生では持ってはいけなかった。
そんな女性が嫁ぎ、不自由ながらもようやく人として扱われる。
優しい旦那に愛され、幸せに生きていけるはずだった。
戦争さえ無ければ。


戦時中、女性が生きにくい時代。
生きるために全てを受け入れるしか出来なかった。
そんな女性の苦しくも儚い、とても硬派な時代物でした。



『システム、演出』
Light.vn製。
こちらはスキップはスキップボタンを再度押すかshiftを再度押すかでしか止まらないのでそこだけは最初戸惑います。
あと、途中で既読でもスキップが止まるのが若干難点。
他は全部の機能が有り、読むのに支障は無いです。
分岐は最後の三択でのみ発生、それまでの選択肢は分岐に影響は無く文章が少し変わるくらいです。


『音楽』
ピアノ曲が多く。
素朴な曲が戦時中に合っていました。
EDは現代風の歌が新しい時代で終わりを向かえるという感じでとても良いです。
こう、一本の戦時中映画を見終えたような気持ちになりました。


『絵』
素朴で良い絵です。
乙女ゲーでよく見かけるキラキラした感じ無いのがとても良い。
表情が豊富なのと、洋服もしっかりと反映されていて。
戦争が激化するにつれて質素な服になっていったり。
尚太郎の立ち絵は非常に心に刺さりました。
CGも枚数は少ないですがここぞという時には入って。
エピローグ、戦後の現代服を着て平和に笑う立ち絵がとても好きです。


『物語』
文章は読みやすく。
時代物でもあるのでたまに時代特有の専門的な言葉が入るのですが、主人公も田舎者なのでちゃんと他の人物が教えてくれるのが良かったです。
とにかく細かい心情の機敏が上手く。
綿子の実家が人道的に駄目で、帰る場所が無い恐ろしさから周りに従い傅き生きていくしか出来ない姿が今で言う毒親家庭で育ってしまった人間の生き方を現実的に体現していて。
ひたすら周りの顔色を伺いながら生きている所がとても綿子という人間を表していて。
そんな何も持っていない控えめな彼女に尚太郎も、そして芳次郎も惹かれて。
自主性が無いからこそ流れに流され。
そして辿り着いた先、あんな事になって。
時代も合わさり予定調和の中ではありますが、とにかく綿子の心情と生活と、全方向から胃が痛かったです。


『好みのポイント』
スタッフロールでも凄まじい量の参考文献があるように、時代の描写が良すぎました。
学ばれて作られたというのが随所から感じて。
こういう拘り凄く好きです。
戦時中だからこそ余裕の無い人間が陥る思考の流れの描き方も良く。
綿子からしたら時には辛いような状況にもなりますが、全員しっかりと思想と行動原理が納得出来てしまい。
誰一人非難出来ず、何が悪いかと聞かれたら「戦争」としか答えられません。
そんな、戦争による悲惨さ、選択権の少なさを隅々から感じました。
乙女ゲーとしては尚太郎も芳次郎も素朴で人間らしく。
優しくも繊細過ぎる尚太郎、気難しくも甘えたがりな芳次郎と気質は違いながらもどちらもとても魅力的な二人でした。
あと、秋江が空気が読めないながらも良い人で好きです。
彼女の看護師に対しての自分中心な意識もそれに対して怒ってしまう綿子の気持ちも分かって、こう、ぐぬぬ…と。
秋江の家もおそらく兄嫁関係で何かあったのだろうな、と察する所が時代の闇を感じました。





以下ネタバレ含めての感想です





戦争、赤紙、この時代の「嫁」の役割。
もうね、分かる、分かるんですよ、こういう展開になっていくだろうなーというのは…
でも、それでも、分かっててもこんなに胃が痛いとは思ってなかった!!
これがどちらかの男性が性格クソ野郎ならまだ諦めが付くのに、どちらも本当に良い人で。
そしてどちらも綿子の事を想っているのが伝わって。
兄嫁と再婚というのは映画とかの時代物では確かに見ますが、その兄嫁側が主人公で辛い立場が地の文でビッシリと書かれるノベルゲーム(乙女ゲー)って中々に見かけないのでどんどん圧迫されていく立場に胃がキリキリと痛みました。
しかもゲームとして都合が良いみたいな展開は全く無し、どこまでも現実だけを突き付けて来て…
再婚に、兄の帰還に、懐妊に…時と場合さえ良ければ嬉しい出来事が、時と場合が何もかも悪過ぎて最悪の結末に繋がっていく。
時期と、運がとにかく悪く、何度も「戦争さえ無ければ…」と歯噛みしました。


上記でも書きましたが今まで「選択」というものをさせて貰えなかった綿子が唯一与えられた選択が最後のあの三択というのが地獄。
あんな究極の選択で人生で初めての「選択」を使いたくない…と綿子に同情の念を隠せませんでした。
尚太郎か芳次郎か何も選べないか。
尚太郎ルートに行くと芳次郎には勿論罪悪感でいっぱいになりますが、わりと元の鞘に戻った感はあります。
ただ、芳次郎ルートと選べないルートの尚太郎の精神状態が本当に、ヤバい。
途中の自殺未遂者を助けるシーンで尚太郎ルートでは助けた後に「目の前でもう死んでほしくない」と呟きますが、芳次郎ルートでは「殺してやったほうが良かったのかな」というような言葉に変わり、選べなかったルートでは「死にたいのは俺の方だ」という言葉になった時に、尚太郎の危うさに震えました。
選べなかったルートではプレゼントしたショールも燃やしますし。
いや、分かる、戦争から帰ってきたら好意を寄せていた嫁が弟と再婚してるとかどんだけ地獄だよと。
戦争の時の精神的負担も相まって、そりゃもう耐え難いでしょう。
それを本来の良心で抑えているんだから尚太郎は立派ですよ。
だからこそ一旦壊れるとどうしようも無くて。
現代基準で言うならヤンデレ度が高いのは尚太郎だと思います、芳次郎はまだそこまで闇落ちはしなさそう。


尚太郎を一度攻略すると行けるようになるのかな?
途中で選択肢が表れて、芳次郎との結婚を断り自分の家の件を語り必死でお願いする形で家に置いてもらい、最後には尚太郎が帰ってきて綺麗に終わりを向かえる、というルートがあるのも良かったです。
綿子が選択をすると運命は狂わないんですね…
「選択を出来ない環境だった」というのも辛い事ですが、そんな人生でも「自分で選択をする」と正しい道に進めるというのが希望があるというか、同時に「選択しない」という事の罪深さもあるというか。
「選べなかった、物語」というのの結論や真実な気はします。
「選べない」というのもまた、罪なのかなぁと。
綿子のそういう「選べなさ」から生まれる控えめな性格やしおらしさに尚太郎も芳次郎も惹かれる…というのがまた業が深いなとも思いました。


EDの入り方を見るに、おそらく選べなかったルートがこう、正史なのかなとも思います。
尚太郎を選び引き取った息子が実の父を知る。
あそこで息子と芳次郎の会話でEDが流れる演出がとても良くて。
芳次郎も綿子の事を今尚好きで居るんだというのが伝わり…胸が痛い。
これがもっとキラキラした現代基準の乙女ゲーだったら尚太郎も芳次郎も両方選んで逆ハーレムしちゃえよyou!という気持ちにもなりますが、戦時と、その時代の描写があまりにも丁寧で現実的であるが故に簡単にそういう事を言えず「どちらかしか選べない」という状況を生み出していたのが繊細さと上手さを感じます。
ご都合主義は一切無く、どこまでもあの時代を描き続けていました。


しかし、EDロール見ましたが、「らいとらいとらいと」の二人…居ましたね。
確か作者様の前作である「らいとらいとらいと」でライト君が作る一作がこの「鼓草」だったはず。
「らいとらいとらいと」も既プレイでとても好きでした。
あの一部分がこんな大作になるなんて。
ライト君なんて物を作ってくれたんだ!
えびせんべいを注文したらボタンエビの御造り盛り合わせが出てきたよ!!
これにはヨミ先輩もニッコリですね!!


本作自体も時代考証が細かく大変上質な戦時中悲愛文学でありながら、同時に過去作の空気も感じ取れる。
ファンサービスにも溢れた一作で非常に楽しめました。
久しぶりに胃がキリキリする思いで選択肢を選びました、貴重な体験を有り難うございます。



(そういえば本作の話を他の方に語った所、「戦時中の「君が◯む永◯」っぽさがあるね」と言われました。あー、三角関係ゲーは基本的に誰かが原因で悪い状態を作る事が多い中で、本人達は一切悪い所が無く、ただ時期と運が悪かった、時期と運が悪く一度結ばれた側のスイッチ(ルート)がオフになりもう片方のスイッチが入ってしまうという点では凄く分かります。「君◯ぞ」は主人公の駄目さが散々言われていましたが、綿子は時代や境遇や立場もあり「駄目」と一括に言えない所が良い感じにバランスが取れているなと感じました。まぁ綿子も「選ばなかった」「自己を貫かなかった」場合に人間関係がグチャグチャになり悲劇を向かえるので、そういう意味では「選ばない」事に対する罪もしっかりと描かれていて、完全に庇護される主人公で無かった所も良かったです。)